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むかしばなし


1983.jpg
峠を軽装で走ってスイマセンスイマセン


二十年以上前の日本平パークウェイ。

当時はモータースポーツに憧れる若者が合法的に、かつ気軽に技術を磨ける場所は少なく、生活道路ではないこの地が静岡の走り屋達のメッカの1つとなっておりました。四輪も二輪も走ってましたが、四輪は主に深夜、二輪は昼間と、時間帯を分けて共存していたように思います。(深夜はよく、友人のチューンドスターレットの助手席に乗り悲鳴を上げていた記憶がw。)

二輪のGSX-R(400cc)に乗っていたワタシにとっては、夜明けの日本平がトビッキリのお気に入りタイムでした。この時間帯は、二輪の走り屋以外は誰も来なかったんです。

静岡側からの登りルートの中腹には少し広くなっている部分があり、夜明けと共に何処からとも無くライダーが1人、また1人と集まってきます。皆一匹狼っぽい感じで、会話は一切ありません。よく見かけるヤツらではあるけど、馴れ合いは一切無し。そんな張り詰めた空気がたまらなく好きでした。皆ここがスタート地点で、ゴールが頂上だと、暗黙の内に理解しています。

スタートの合図は特にありません。それぞれがマシンの向きを進行方向に向けたり、アクセルを煽ったり、ギアを1速に入れたりと、徐々に周りを刺激しながらコンセントレーションを高めていきます。そして時が満ち、痺れを切らしたライダーの1人がアクセルを全開にした瞬間、すべてのマシンの轟音と共にバトルが始まります。

同じ400ccのマシンとのバトルはやはり楽しかったですが、かみ合った時の2スト250ccとのバトルもまた格別でした。上手い人が駆るとトータルではほぼ互角。マシン特性の違いからリードできる部分と離される部分があり、その特性を利用してのオーバーテイクなど、一味違った攻防が楽しめました。一瞬のわずかなミスが1~2mの差になってしまうんですが、ミス無く接近戦を繰り広げている時の快感といったらもう、何物にも変えがたくハンパなかったです。

しかし、このとびっきりの時間もあまり長くは続きませんでした。走り屋が社会問題となり、その対策の1つとして日本平のコーナーも細かく無数の溝が切られてしまいました。路面ミューが激減してしまい、二輪は特にとても攻められる状況ではなくなってしまいました。大学の方が忙しくなってしまったこともあり、これを期にワタシの走り屋としての履歴は終わりをむかえます。(健全なライダーとしての履歴はもう少し続きましたが。)



年末の大掃除で懐かしい写真が出てきまして、もう時効だしいいかと馬鹿なことをしてた過去を書いてしまいましたスイマセンスイマセン。一歩間違えれば死んでた状況も多々ありましたし、目の前でクラッシュして怪我をしたライダーも何人も見ました。今は昔以上に厳しいですし、よい子は絶対真似をしないでください。「お前が言うな」ですけどレーサーを目指すのであればR2のマルチかサーキットへ行きましょう^^;

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Author:Leonardo
2009年1月からレースシムを始め、2009年8月からオンラインレースに参戦し右往左往してる人のぶろぐ
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